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母がしんどい

親子関係(特に母娘関係)って難しい。無条件に子を愛せる母親ばかりではないし、親からの愛情は無条件に注がれるものでもない。どうして母娘関係は上手く行かないことが多いのか。母の過去の行動から「母娘関係」の分析を試みます。

『鬼畜』

全く知らない映画だったのですが、岩下志麻さんと小川真由美さんが共演している、と言うだけでなぜか惹かれて、松本清張原作の『鬼畜』(1978年公開)を見ました。

鬼畜 [DVD]

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鬼畜 (双葉文庫 ま 3-8 松本清張映画化作品集 2)

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 印刷屋を営む気の弱い宗吉(緒形拳)が、愛人・菊代(小川真由美)との間に3人の子どもをもうけます。

 やがて印刷所の経営が傾き、愛人と子どもを養えなくなった宗吉に嫌気がさした菊代は、宗吉の妻・お梅(岩下志麻)のもとへ子ども3人を連れて行き、雲隠れする。

 愛人の子どもと宗吉、お梅の生活が始まるが、お梅は愛人の産んだ子どもには愛情を注げず、子どもを待ち受ける運命は…。

というストーリーなのですが、何と言っても、緒方拳、小川真由美、岩下志麻、そして蟹江敬三という名優たちの演技が圧巻の作品です。

中でも、岩下志麻さん演じるお梅の鬼気迫る演技には、演技と分かっていても嫌悪感を覚えるほどです。

しかし私は、目を吊り上げ、心底憎々しげに子どもを睨み付け、子どもに刺々しい言葉を投げつけ、折檻を繰り返すお梅の姿に、思わず私の母の姿を見つけて、なぜか懐かしくなってしまいました。

母は岩下さんのように美人ではない、どこにでもいる容姿の女性ではありましたが、ドキッと驚くほど、似ていたのです。

 

まったく同じ表情を、私の母も良くしていた。

表情ばかりでなく、同じような行動を、私もされていました。

 

本来ならば眉をひそめて見るべきシーンが、私にとっては懐かしい表情と行動のオンパレードで、そこばかり何度か繰り返し見てしまいました。

そして、岩下志麻さんは、やはり名実ともに大女優なのだと再認識した映画でもありました。

役作りで、あれだけの憎しみを表現できるのですから、役者さんの才能というのは凡人とはかけ離れているのですね。

この映画のレビューを見ると、緒形拳さんの名演についての言及に目がいきます。

また、気の弱い宗吉(緒形拳)と気が強く残忍なお梅(岩下志麻)との対比もよく言及されています。

しかし私は、子どもを愛せない女性の狂気を見事に演じきった岩下志麻さんの、一瞬たりとも優しさを見せず、終始一貫して冷徹で残忍な目こそ、最も称賛されるべき演技だったのではないかと思いました。

とはいえ、お梅の気持ちもわからないでもないと思います。自分が産みたくても“産めなかった”子どもを愛人が3人も出産し、しかも、すべては自分の与り知らぬところで行われていた出来事なのです。

加えて、事業が上手く行っていた時ならばまだどうにかなったのかもしれないのに、事業が傾いて、自分たちの生活も苦しい時にいきなり手の掛かる子どもが3人も増える…。

だからといって子どもを折檻していい理由にはなりませんが、冷たく当たってしまう気持ちは、全く理解できないわけではありません。それよりも、自分が産んだ子どもを放置して行方をくらましてしまう菊代の行動の方が理解に苦しみます。

やはり、「母性本能」って神話に過ぎないのではないかな、と思ってしまいます。後天的に、“獲得する”ものなのではないでしょうか。

だから、例え子どもを産んだとしても、「母性」を獲得できないままの女性も存在するのではないかと思うのです。

ところで、『鬼畜』とは一体誰のことなのでしょうか。

諸説ありますが、私個人の見解としては、登場する大人全員のように感じました。

ながら見で、じっくりとは見ていませんので、数回見るうちにまた感じ方も変わっていくとは思うのですが。

皆さんは、一体どのようにお感じになるでしょうか。