成人式
成人式のシーズンですね。
今年は着物のレンタル・着付け会社が、成人式当日に各支店で一斉に雲隠れし、予約者である新成人の皆さんが早朝から立ち往生する、というとんでもない事件まで起こっています。
しかも、経営者始め従業員はおろか、事前に預け入れていた新成人の皆さんの大事な晴れ着まで所在不明…。
この日のためにと新しく誂えた真新しい晴れ着を預けた方も、そして、何代も前から母娘に伝えられてきた、大切な晴れ着を預けた方も多くいらしたと思います。
新成人の皆さんの一生に一度の大事な式典を台無しにしたこと、そして、ご家族の思いのこもった晴れ着の行方すらわからないなど、この会社が起こした罪は決して許されません。
一刻も早く経営者の行方が分かり、法的に糾弾されることを願っていますし、所在不明の腫れ着も、持ち主の手元にちゃんと返して欲しいと強く願っています。
晴れ着も奪われ、式典にも出席できなかった新成人の皆さんには、各界から救済の声が上がっていますが、どうか是非、一生に一度の新成人の門出をしっかりお祝いしていただきたいです。
というのも私、成人式に出席できなかったのが、未だに大きな後悔となっているからです。
その原因も、家のちょっとどころか、かなり変わった長子にありました。
長子は、自分の成人式の時には、「あんなのに出席するなんてくだらない、馬鹿らしい」、「自分は絶対に行かない」、「晴れ着なんて絶対に着ない」といつものように我を通した挙句、行きませんでした。
それは、長子本人の選択であり、意思であり、決定でした。
この変わった長子を溺愛してやまない両親も、最初は「記念に写真くらい」と説得を試みたようでしたが、一度決めたら例え他人には理解不能な“マイルール”であっても、決して曲げないのが長子です。
最終的には長子の意思を受け入れ、両親は愛してやまない長子の新成人を祝うことを諦めました。
それから数年後、私が新成人を迎えることになりました。
私は当然、レンタルでいいので晴れ着を着て写真を撮り、式典に出席して同級生たちと一緒に成人の門出を祝いたいと思っていました。
しかし、両親からは成人式について、何も言われませんでした。
周りの友人たちは、もう数年前から「成人式でどんな晴れ着を着るのか」を家族と話し合い、何度も検討を重ねてようやく着る着物が決まった、何度も下見をして写真を撮る写真館を決めて予約した、と言っていたのですが、私には、それが一切ありませんでした。
成人式ももう間近に迫った冬のある日、思い切って母に尋ねたことがあります。
「私は成人式には何を着ようかな」と。
すると返って来たのは、
「何言ってるの?アンタ、長子も出席していない成人式に出席するつもり?」
という言葉でした。
ショックというか、私は呆然としていたと思います。
「私は」、成人式に行きたかった。
「私は」、晴れ着を着たかった。
「私は」、晴れ着を着て写真館で写真を撮りたかった。
「私は」、一生に一度の新成人の思い出を残したかった。
なのに、母は私に、
「アンタが成人式に行くと、行かなかった長子が可哀想だ」
と言い放ちました。
これは未だに、納得も理解もできていません。
「長子」は、自分で式典に行かないと決めたのです。
「長子」は、自分で晴れ着を着ないと決めたのです。
「長子」は、自分で晴れ着の写真を撮らないと決めたのです。
「長子」は、自分で新成人の思い出を残さないと決めたのです。
それは「長子」が自ら決めたことで、誰からも強要されていないのです。
なのになぜ、私が成人式に行くと「長子が可哀想」なのだろう。
成人式に行きたいし、晴れ着を着たいし、写真を撮って思い出を残したい「私」が、それを何もできないのは、両親にとっては「可哀想」ではないのだろうか。
釈然としませんでした。
アルバイトの経験もなく、全て親からのお金で生活していた長子と異なり、当時日々のランチ代から定期代、教科書代から友達との交際費まで全て自分が稼いだアルバイト代で賄っていた私には、成人式にかかる費用を自分で用意することは、到底不可能でした。
よって、両親の「アンタが成人式の晴れ着を着ると、長子が可哀想」という主張を受け入れ、一般的な成人式のあれこれを、何ひとつしませんでした。
成人式当日は、私はアルバイトをしていました。
家庭の事情を話す訳にも行かないので、友人たちには「私は晴れ着着るなんて性に合わないから、式典も欠席してバイトする」と説明していました。
友人たちは「え~?!一緒に写真撮りたかったのに!!」と言ってくれましたが、私が式典に行かないことを渋々承知してくれました。
そして式典当日、晴れ着姿も美しい新成人たちがウキウキと往来する中、私はいつもの普段着でアルバイトをしていました。
華やかな新成人たちを横目に、私も晴れ着が着たかったな、と心底思っていましたが、それは誰にも言わず、胸の内にしまっていました。
すると、式典が終わった友人たちが、晴れ着のまま、アルバイト先に来てくれました。
家族と一緒に、検討を重ねた末にようやく選んだ晴れ着、美しいヘアメイクに身を包んだ友人たちは、とても輝いていました。
私はいつもの服で、アルバイト中です。
せめて私と写真を撮って新成人を祝いたい、という友人たちの思い遣りを、今なら素直にありがたく思います。
でもその時は、晴れ着を着た友達に囲まれて、普段着の私が一緒に写真を撮ることが、惨めで堪りませんでした。
上手く笑顔ができませんでした。
美しい晴れ着に身を包んだ友人たちの、満面の笑みに囲まれて、今にも泣きそうな顔で写真に納まるしかありませんでした。
今思い出しても、その惨めな気持ちが蘇って来ます。
私だって、晴れ着が着たかった。
私だって、式典に行きたかった。
私だって、新成人の思い出を残したかった。
でも、ひとつも叶いませんでした。
一生に一度の新成人の門出を、私は誰からも祝ってもらえませんでしたし、記念の「何か」すら、何ひとつ残せませんでした。
これは未だに、私の後悔のひとつとして心に強く残っています。
多くの人が「思い出」として持っているであろう、「新成人の晴れ着写真」すら、私にはありません。
私には、門出の日の思い出すら、本当に何もない人生です。
ですから、今回の事件で被害に遭われた方には、何が何でも、新成人の門出を盛大に祝い直していただきたい。
出来得る限り、素敵で楽しい思い出を残していただきたいと思っているのです。
私みたいに、惨めな思いしか残らない人生なんて、経験してもらいたくないです。
最後になりましたが、新成人を迎えられました皆さま、誠におめでとうございます!
これから、たくさんの楽しい出来事が待っていると思います。
皆さんの前途は洋洋としています。
素敵な人生を送ってください。
これが、私からのささやかなお祝いの気持ちです。