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母がしんどい

親子関係(特に母娘関係)って難しい。無条件に子を愛せる母親ばかりではないし、親からの愛情は無条件に注がれるものでもない。どうして母娘関係は上手く行かないことが多いのか。母の過去の行動から「母娘関係」の分析を試みます。

小さくなる存在

随分と長い間、ここを留守にしていました。

ところが、ありがたいことにアクセスが「0」ではない日もあるようで、わざわざご訪問下さっている方の存在に、心より感謝申し上げます。

 

このブログの記事の更新が滞りがちであるのは、ひとえに私の中の「母の存在」が次第に小さくなっているからだと、自己分析しています。

それほど、母の存在と母が私に与えた影響というものは強大でした。

 

母は陰に陽に常に私を支配し続け、常に私の自由を奪い、常に私の気力を削ぐ存在であり続けました。

とはいえ、ずっとそのことに気付かずに来たのですが、それに気付いてからが、私の苦しみの始まりでした。

長子と私の待遇の格差には、母の私に対する「嫉妬」があったからなのだとようやく気付き、実子であっても、母の嫉妬と「憎しみ」の対象であり続けなければならない自分の存在を、誰にどうやって肯定してもらえばよいのかわからず、鬱々と過ごしてきました。

血のつながった実子であっても、母親というものは「娘」という存在にこのような仕打ちができるのか、と母を憎む気持ちが生まれ、そんな自分に恐怖すら感じていました。

母が私にした仕打ちに気付きさえしなければ、私はこんなに苦しむことはなかった。

そう思えば思うほど、私の人生は難しい方向へと進んで行きました。

 

しかし、そんな自分と決別したいとこのブログを始めて、誰に読んでいただこうと思うわけでもなく少しづつ母とのことを綴っていくと、今度は段々と母を理解できたような気持ちになり、憎しみも少しずつ解けて行っているように感じています。

 

もちろん、母への憎しみが完全に消えたわけではありません。

でも、あれだけ怯えていた、振り払っても振り払っても消えることのない、静なる恐怖を呼び起こす母という空恐ろしい存在が、私の中で確実に小さくなっているように思うのです。

逃れたくても逃れられないと諦めていた母の支配から、少しづつ解放されている兆候なのかもしれません。

 

まだ完全に母の支配から逃れられた訳ではなく、波があるのですが、また波に飲み込まれ、負の感情に溺れそうになったら、ここに吐き出しに来たいと思っています。

 

超不定期の更新になりますが、ここを長期不在にしている時には、ああ、良い兆候にあるのだな、とご理解いただければ幸いです。